真の宗教性、人類の癒しとは:ストーリーズ:MARTHのLast Resort

真の宗教性、人類の癒しとは

MARTH
公開日:2020-01-29 16:44

Q:MARTHさんにお尋ねします…。MARTHさんのお話を聞いたり、書かれたものを読んでいると、とても神聖さみたいなものを感じます…。MARTHさんはなにか宗教のようなものに入っておられたのでしょうか…。


MARTH:私は一切の宗教の団体や、その他宗教的な勉強をしたことがありません。しいて言えば、父方も母方も先祖代々、寺と神社を営んでいたそうです。父方は真言宗の寺で、代々千年以上も続いた寺と神社だそうで、母方は新潟の禅寺と神社の一族です。ですから、先祖がずっと宗教であった、宗教性であったということは事実ですが、私は一度も学んだことがないのです…。

逆に、様々な宗教の方に曲を気に入っていただいたり、曲を使っていただいたり、コンサートに来ていただいたり、たくさんの宗教のリーダーの方たちから愛しんでいただいたりしてきました…。

しかし、私自身はそのようなことを学んだことは、一度もないのです…。

そして、私は、「自分を観る」というセミナーのトレーナーをしていたり、ワーナー・エアハードのところでトレーナーをしていたり、若い頃は、20代の頃は、そのようなニューエイジと言ったら良いのでしょうか、精神世界と言ったらよいのでしょうか、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー、クリシュナムルティ、OSHO、ラマナ・マハリシ、等々、様々な方たちとの交流の中で、秘境的気づきを深めていったことはあるのですが、グループに入ったことがないのです…。

そして、30代の前半や20代の後半から、ずっとヒーリング音楽というものをやってきました。そんな中、ライブやコンサート、ラジオ番組を持ったりしていましたから、当然そのような精神性や神聖さ、自我の野心や恐れを超えた、一体性についてのことばかり話すようになったと感じます…。

私にとって、神聖さとか宗教性というのは“一体である”ということなのです。私にとって、聖書というものにおいても、我々日本の先祖は12支族だというところからお話しすれば、その聖書というものを私は“一体についての書物”、自我の恐れを超えて生きる法ととらえ、もっと言えば色即是空的な、未知で神秘でこの世でない、無我で一体の世界であるということを伝えている書物と感じています…。


そして、すべてが一体で愛である、自我を超え、あらゆるものが愛の現れで、一体物である、自我の野心が消え去る時、心理的時間が止まり、真の幸せ、至福があると感じ、この世界も真実はこの世でなく、とわに未知で神秘なる、ひとつなるところ、すべては一者の夢であると感じてきました…。これが、ラストラ(石版)に書いてあった意味であると私は勝手に感じています。

そして、ムーの石版にも、同じことが書いてあったとも言われ…。

まるで、色即是空とムーの石版まで、シュメールを超えてつながっているのではないかと想えるほどです…。

ですから、私にとって大切なのは、自我を超えて一体性と、未知で神秘、この世でない、一者の夢、すべては創造の主体の夢のようだと理解し、そして素粒子の海、それはとわなるもの、腐食酸化しない、ただし劣化はする、電子の軌道が乱れることはある…。そのように把握し、理解しています。ですからきっと、そのようなことを何度もお伝えしているのだと感じます…。

しかし、それらは私がそう思っているということにすぎません。誰も信じる必要などないのです…。


私は、この世界が素粒子的に見ても、すべてが一体であると感じます。ですから、本当は誰もが、誰でもなくなんでもないといえ、いつでもなく、どこでもない、私などいないし、名前は名付けただけにすぎない…と、感じています。自我(分離の恐れ)の念望や期待をやめてしまうと、至福や安らぎが生まれます・それこそが、真の癒しであると、若き日、発見しました。今ここは、永遠に未知で神秘の存在であるとも想い、あらゆる人が愛の現れ、天の現れ、神の現れであるとも感じ、それゆえに天が望む、愛が望む生き方をしたいと願うのです…。そう生きなければ、万物の子は苦しむとも感じています…。


そもそも、私の父は法務省で、その後東京地検に出向しました。要は日本の公務員です。私は彼といつも話しをするとき、「僕は天の公務員だ」と伝え続けました…。父は、「おれもそうだよ。」と言いましたが、「いや、お父さんは日本の国家公務員で、僕は万物の公務員だよ」と、幼き日、伝えました…。

私がいろんなことの逆境の中で、父は「お前は大変だな、万物の公務員だからな」と言いました。私は「そうです。天の公務員だから当然。いや、本当は誰もがとわに、すべてが天の一部、愛の現れ、万物の公務員、万物の手足だと…」と、ずっと感じてきました…。そして、あらゆる人が本当はそうなのだけれども、そう生きれないときにはたくさんのメッセージが来て、つらいことが起こることもあるでしょう。個人であったら個人に来るし、団体であれば団体に来るし、家族であれば家族に来ることでしょう。地球全体であれば、地球全体にブレイクダウンが現れると、私は感じます…。

人類が本当に真に幸せで、とわに続く繁栄や喜びや幸せで生きるためには、自我(分離感からくる恐れ)を手放さなければならないと、私はそう思っています。そのときこそ、真の癒しがあるとも想うのです。

ですから、そのような癒しのアーティストが人生を通し、たわ言をただただ世界中の人に発信し、伝え続けているにすぎないのです…。

MARTH
2020年1月28日

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