Q & A 一体の世界の中で愛で生きること:ストーリーズ:MARTHのLast Resort

Q & A 一体の世界の中で愛で生きること

MARTH
公開日:2019-05-06 19:54


Q:MARTHさん、質問です。
MARTHさんは、あまりに分離を信じている現代の人たちが自らにバチを当て、自らに一体であることに目覚めさせようとしているというようなことを言っておられるように想ったのですが、詳しくそこを知りたいのですが。


MARTH:

一体の世界の中では、そこで一体でないと想って行動するときには、自らの安全装置であるハイヤーセルフから、自らに一体であることを教えようとメッセージが来るのです…。
それを古代から人は「バチ」と呼んできました…。

どんな権力や大きな力を持っている人たちでも、どんなに左脳で計画をとことん練っても、必ず滅びてしまうのはそのためです…。強い人が滅びてしまうのは、確かにそのためであるのです…。なぜなら、その人は負けたから滅びたのではないからです。その人々が善良な神の一部であるゆえに、その人は勝っていても自らを罰し、滅びるのです…。


なぜかと言えば、一体の愛の世界の中で、自我が分離を信じて勝っている人というのは、それだけ強いハイヤーセルフからのメッセージを受けるからなのです…。ですから、「こんなはずじゃなかった」「なんでこんなことが起こるのだ」と言って滅びていった人々がこの世界には沢山おられたことでしょう…。

逆に負けている人でも、一体を信じ、分離を信ぜず、愛で生きたとするならば、傷つけられても傷つけることなく、負かされても負かすことなく、非難され、バカにされ、けなされても愛そうとするなら、美しく幸せとなることでしょう…。

その人は自然と繁栄し、大きな、大きな、真の愛に抱かれ、大きな力に守られることでしょう。なぜなら、この世界が愛の世界であり、一体の世界、一者の愛(神)の夢であるからです…。愛(神)が見る夢…。すべては愛(神)の一部、ひとりの愛(神)が見る夢、その中ですべてが生きる、それはこの宇宙の真実だと私は感じています。その愛を神と訳しても良いでしょう。一者である神が見る夢の中、一体である世界の中で、分離を信じて生きるならば、自らのその愛の質が自らにメッセージをすることは、当然のことであると感じてなりません…。


ですから人は、愛で生きるしかないのではないでしょうか…。たとえ分離感を妄信し、戦いや競争に勝っていても、分離で生きるならば、必ず、それがこの世界に合わぬゆえに、問題が起こってくるのです…。普通に考えても、それはわかることです…。愛の世界で、自我の戦いの価値観を習い、やむなくであっても分離を妄信した感覚を持っているなら、その一体の世界から追い出されてしまうことでしょう…。青い世界の中で、頑固に赤い人がいたら、追い出されてしまうのと同じことです…。この世界はすべてが一体で、愛の世界です。そこに合わせて生きるならば、誰でも本質がその愛の一部であるのですから、それを神と呼んでも良いのですが、神の子ですから、傷ついてしまうのです。一体の愛で生きてこそが、幸せに生きることができる法則であるのです…。

MARTH


Q:MARTHさん、質問です。

MARTHさんは、あまりに分離を信じている現代の人たちが自らにバチを当て、自らに一体であることに目覚めさせようとしているというようなことを言っておられるように想ったのですが、詳しくそこを知りたいのですが。


MARTH:

一体の世界の中では、そこで一体でないと想って行動するときには、自らの安全装置であるハイヤーセルフから、自らに一体であることを教えようとメッセージが来るのです…。
それを古代から人は「バチ」と呼んできました…。

どんな権力や大きな力を持っている人たちでも、どんなに左脳で計画をとことん練っても、必ず滅びてしまうのはそのためです…。強い人が滅びてしまうのは、確かにそのためであるのです…。なぜなら、その人は負けたから滅びたのではないからです。その人々が善良な神の一部であるゆえに、その人は勝っていても自らを罰し、滅びるのです…。


なぜかと言えば、一体の愛の世界の中で、自我が分離を信じて勝っている人というのは、それだけ強いハイヤーセルフからのメッセージを受けるからなのです…。ですから、「こんなはずじゃなかった」「なんでこんなことが起こるのだ」と言って滅びていった人々がこの世界には沢山おられたことでしょう…。

逆に負けている人でも、一体を信じ、分離を信ぜず、愛で生きたとするならば、傷つけられても傷つけることなく、負かされても負かすことなく、非難され、バカにされ、けなされても愛そうとするなら、美しく幸せとなることでしょう…。

その人は自然と繁栄し、大きな、大きな、真の愛に抱かれ、大きな力に守られることでしょう。なぜなら、この世界が愛の世界であり、一体の世界、一者の愛(神)の夢であるからです…。愛(神)が見る夢…。すべては愛(神)の一部、ひとりの愛(神)が見る夢、その中ですべてが生きる、それはこの宇宙の真実だと私は感じています。その愛を神と訳しても良いでしょう。一者である神が見る夢の中、一体である世界の中で、分離を信じて生きるならば、自らのその愛の質が自らにメッセージをすることは、当然のことであると感じてなりません…。


ですから人は、愛で生きるしかないのではないでしょうか…。たとえ分離感を妄信し、戦いや競争に勝っていても、分離で生きるならば、必ず、それがこの世界に合わぬゆえに、問題が起こってくるのです…。普通に考えても、それはわかることです…。愛の世界で、自我の戦いの価値観を習い、やむなくであっても分離を妄信した感覚を持っているなら、その一体の世界から追い出されてしまうことでしょう…。青い世界の中で、頑固に赤い人がいたら、追い出されてしまうのと同じことです…。この世界はすべてが一体で、愛の世界です。そこに合わせて生きるならば、誰でも本質がその愛の一部であるのですから、それを神と呼んでも良いのですが、神の子ですから、傷ついてしまうのです。一体の愛で生きてこそが、幸せに生きることができる法則であるのです…。

MARTH
2019年5月6日

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